室生山八十八ケ所霊場 霊場リスト

    いつの時代につくられ、どのくらい盛んだったのか分かりませんが、室生山八十八ケ所霊場という、

   霊場巡りがありました。東光寺は室生山八十八ヶ所霊場では第七番札所になっていて、東光寺の磐余

   堂には四国八十八ケ所の札所、第七番札所のご本尊の名前が刻まれた、(下の写真)大きな石佛が、

   同じ大きさの弘法大師像と並んで堂内にお祀りされていましたが、磐余堂の床が風化して抜け落ちそ

   うで危険になったので、磐余堂の外に移転してお祀りされています。

    この霊場めぐりについては、まったく情報がなかったのですが、たまたま名張市の大福寺さんが、

   東光寺へご来山くださいました折りにお話しましたら、調べて見ましょうとのことでした。

    2005年2月24日にお越しになって、この地図と札所一覧のコピーをご持参くださいました。

    知りたいと願っていた室生山八十八ケ所霊場のリストが、私が入山して15年ぶりにわかったのです。

    有り難いことです。さっそくアップすることにした次第です。

    リストに掲載されている寺院について、最近の情報を知っていられる方がございましたら情報をお寄

   せくださればさいわいです。

  

   


   東光寺は室生山八十八ヶ所の第七番札所ですが、四国霊場第7番札所は

   十楽寺/じゅうらくじ というお寺です。ネットで探しリンクしました。

    http://www.attaka.or.jp/haru03/henro/88temple/te07.htm

   「もともと十楽谷の奥に広大な大伽藍を誇ったといわれるが、天正の兵火にかかってすべて焼失した。

   その後再建されこの地に移ったが今尚付近に大門原、堂ヶ原、法教田堂ヶ原等の地名があり、当時

   の名残をとどめている。当寺は盲目の霊験が多く、開眼の例も多い。寺宝として光高等竜宮真田幸

   村の茶釜等がある。」

    http://shikoku-net.co.jp/88/8807.htm

   「この地に留錫された弘法大師は、阿弥陀如来を感得し、ご本尊とし刻まれ、安置したのが寺のはじ

   まりで、人間のもつ八つの苦難(生・老・病・死・愛別離・怨憎会・求不得・五陰盛)を離れ、十

   の光明に輝く楽しみ(極楽浄土に往生する生が受ける十種の快楽)が得られるようにと、寺号を光

   明山十楽寺とした。そのころは現在地から離れた十楽谷の奥に広大な伽藍を擁していたが、天正年

   間の長曽我部元親の兵火ですべてを焼失した。このとき住職の真然は本尊を背負い、大門ケ原の小

   屋に仮安置し、弟子に経本を背負わせて避難させたが、その途中で矢に射られた弟子は経本を置い

   たまま逃がれたので経本も焼失し現在そのあとが経塚として残っている。

    寛永十二年に現在地に再建され、現在の本堂は明治の再建。楼門、大師堂、書院などが建立された。

   参籠者に出されるたらいうどんはこの寺独特の味で、評判がよい。」

 


    

 

  この案内図の下段に東京市牛込区矢来町 正木郁子印施 と書いてあります。

  昭和18年7月、東京府と東京市が合併し東京都が発足したのですから、この地図はそれ以前のものです。


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